脳ドックとは
「人間ドックを受けたら胃カメラでたまたま早期胃がんが見つかり,手術で完治した.」などと言うことを耳にしたことがあるかと思います.脳の病気も,無症状のままにしばらく経過した後で徐々に症状が出てきたり,あるいはある日突然具合が悪くなったりします.症状が出たときにはある程度病気が進行していたり,重症になっていたりすることが少なからずあり,治療を行っても後遺症を起こしてしまう危険が高くなります.脳の病気を発症(症状が現れること)前に診断し,大事に至る前に治療に導くことが脳ドックの目的です.
脳ドックで異常が見つかったらすべての方に手術などの治療が必要なわけではなく,病気の性質,患者さんの年齢・ライフスタイルなどを十分に考慮し,医療スタッフと患者さんご自身・ご家族と十分に話し合った上で,治療を行うか経過観察とするかの方針を決めて参ります.
当クリニックでは,日本脳ドック学会が作成した2019年版「脳ドックガイドライン」に則り,必要かつ十分な問診・診察・検査を行い,説明を行って参ります.
脳ドックの意義
一次予防と二次予防
以前,米国の女優アンジェリーナ ジョリー さんが,両側の異常のない乳房を切除する手術を受けたことにショックを受けらた方も多いのではないかと思います.ジョリー さんは,母親と叔母を乳がんで亡くしています.ジョリーさんには,乳がんと卵巣がんの発症リスクと関連する「BRCA1」という遺伝子の変異があることがわかり,医師から「乳がんになる確率が87%、卵巣がんになる確率が50%」と説明されたことが手術を決意するに至った動機と自らが告白しています.手術の結果,乳がんを発症する確率は5%に減少しました.
このように,病気を早期に発見して治療に導くのではなく,病気になりやすい体質をみつけ,危険因子を排除したり病気ができやすい臓器を切除したりして病気にかかる可能性を可能な限り低くすることを「一次予防」と呼びます.
一方,自治体や企業の支援を受けて行われる成人病検診・がん検診などは,病気にかかっていることを無症状のうちに見つけてよりよい治療結果を得ようとするもので「二次予防」と呼びます.
脳ドックは,破裂するとクモ膜下出血を起こす脳動脈瘤,脳梗塞の原因となる内頸動脈狭窄症や不整脈(心房細動),脳卒中や認知症の危険因子であるメタボリック症候群などを無症状のうちに見つけて積極的に治療に導くことを目的にします.脳動脈瘤や内頸動脈などを無症状のうちに治療するという意味では二次予防に相当しますが,それらの病気が引き起こす脳の病気を,治療により未然に防止するという一次予防の側面も有します.いわば「1.5次予防」とでも呼ぶべきものと考えます.

脳ドックで見つかる病気
脳の病気を引き起こす危険のある全身の病気
メタボリック症候群
高血圧 糖尿病 脂質異常症 肥満
慢性腎臓(CKD)
慢性腎臓病は,腎臓が血液を濾過する機能の指標である糸球体濾過率が低下した状態をいい,脳卒中の強力な危険因子です.CKDの患者さんが脳卒中を発病するのを予防するためには,食事・運動・禁煙を含む生活習慣の改善と,併存する他の危険因子の管理が必要といわれています.
慢性炎症
歯周病を含む全身の慢性的な炎症は,脳卒中や虚血性心疾患などの危険因子と考えられています.炎症の指標である好感度CRPは,これらの危険因子の評価に有用とされています.
心房細動
心臓の脈が不規則になる病気を不整脈といいますが,その中で心房細動と呼ばれる不整脈は脳梗塞の重要な危険因子です.心房細動があると心臓の中に血のかたまり(血栓)ができやすくなり,やがてはこの血栓がはがれて血管づたいに脳に飛んでいって,脳の血管を塞ぐことがあります.これを心原性脳塞栓症と呼び,その結果として脳の一部に血液が流れにくくなり,脳梗塞を発病します.脳塞栓症の約80%が心房細動が原因とされています. 心房細動は,多くの場合無症状ですので,放置されることが多く,心房細動がある方は,ない方に比べて約5倍脳梗塞にかかりやすくなり,年間約5%の方が発病します.①過去に脳卒中や一過性脳虚血発作を起こした方,②心不全がある方,③高血圧がある方,④75歳以上の方,⑤糖尿病がある方 は脳梗塞を発病する危険性がより高くなります. このような心原性脳梗塞を予防するために,抗凝固薬の服用が推奨されています.ワーファリンを服用することにより,心房細動による脳梗塞の約7割を予防することができます.ワーファリンは,脳出血などの出血性合併症の危険を無視できない薬ですが,最近「新規抗凝固薬」が開発され,いずれもワーファリンと同等の効果を保ちつつ,出血性合併症の危険をかなり減らすことができるようになって参りました.また,ワーファリン服用中は納豆の摂取を禁止されますが,新規抗凝固薬の服用に際し,納豆を禁止する必要はありません.
無症候性内頸動脈狭窄・閉塞症
脳に血液を送る内頸動脈が,無症状のうちに頸部で狭窄(細くなること)や閉塞(つまってしまうこと)してしまっていることがあります.狭窄度が50%以上あった場合,脳梗塞を起こす危険性が高くなり,コレステロールを下げる薬を中心とする内科的治療が必要とされています.また狭窄度が80%を超える高度狭窄の場合には,何らかの外科的な治療が必要といわれています.

無症状の脳の病気
未破裂脳動脈瘤
脳動脈瘤(りゅう)とは,脳の動脈の壁が瘤のように膨らんでできる病変で,多くの場合動脈の分岐部(分かれ道)にできます.この瘤は,ほとんどの場合症状を出しませんが,正常の動脈に比べ破れやすく,破れるとクモ膜下出血となります.
クモ膜下出血を発病した患者さんの約2分の1は死亡あるいは寝たきりに,約4分の1は半身不随・言語障害などの高度の後遺症により社会復帰が不能に,残りの4分の1の方のみが後遺症がないかあっても軽度で社会復帰・家庭復帰が可能になるという恐ろしい病気です.
未破裂の脳動脈瘤は,実は30歳以上の成人の3%強に認められ,決して珍しい病変ではありません.脳動脈瘤の多くのものは破れる危険性は低く,ほとんどの場合年間破裂率は1%未満です.しかし,脳動脈瘤の大きさ,形,発生部位によっては破れる危険性が高いものがあり,破裂予防の治療を含めた慎重な検討が必要となります.

無症候性脳梗塞・大脳白質病変
何れも脳小血管病と呼ばれる脳の細い血管の病変に基づくもので,これら自体は特に治療を要しません.
しかし,無症候性脳梗塞・大脳白質病変を有する方は,将来脳卒中を発病する危険性がこれらを有しない方に比べて数倍高くなることが知られていますし,さらに認知機能低下の危険因子でもあります.
無症候性脳梗塞・大脳白質病変の発生には,高血圧やメタボリック症候群,慢性腎臓病などが関与していることが知られています.
無症候性脳梗塞・大脳白質病変がみつかったら,将来脳卒中や認知症になる危険性を減らすため,高血圧の治療と共に生活習慣病全般にわたる徹底した管理が重要となります.
無症候性脳出血
MRIで,脳微小出血(脳マイクロブリーズ)が見つかることがあります.多くの場合無症状で,これ自体に特に治療を施す必要はありませんが,脳微小出血がある方は,将来脳出血を発病する危険性がかなり高くなりますし,脳梗塞を発病する危険性も高くなります.

無症候性脳腫瘍
髄膜腫・下垂体腺腫・神経鞘腫などの良性脳腫瘍が,脳ドックによって偶然発見されることがあります.症状がない場合には,多くの場合経過観察とします.定期的に行うMRIにより腫瘍の大きさが変わらなければそのまま経過観察を続けます.もし腫瘍に大きくなる傾向が明らかになった場合には,早めに手術で摘出を行うことを考えます.
